昇圧する(アップコンバータ)


『たいした電流はいらないけど、(電源電圧より)高い電圧がほしい』と思うことがときどきあります。

たとえばAVRなんかは+5Vのみでシリアルプログラムできるからいいのですけれど、PICなどでは+13.5Vが必要だったりします(電流はほんのわずかしか流れないですが)。しかも13.5Vなどという電圧は中途半端でもあります。

こんなとき手軽に電圧を昇圧することができたらどんなに便利でしょう。ここでは昇圧するのに使える回路を紹介します。(非絶縁構成)

例題として5Vを12Vに昇圧することを考えてみます。(一部例外あり)


考えられる方法にはいろいろありますが、

  1. 専用ICを利用する
  2. スイッチングレギュレータICを利用する
  3. ディスクリートで組む
方式 特徴 欠点
専用IC(AS1322) 簡単、外付け部品少ない、高効率、低電圧でも動作(0.65V以上) 小さいのでなくしやすい(?)
ユニバーサル基板では動作は難しいかも
5Vまでしか昇圧できない(十分ですが)
値段が高い
専用IC(MAX662) 簡単、外付け部品少ない 電圧固定で応用が利かない
専用ICの入手性
ICが高い(というほどではないが決して安くはない)
汎用スイッチングレギュレータIC(TL497) 比較的簡単
外付け部品そこそこ少ない
出力電流のブースト可能
ICが少し大きめ
安くはない(けど高くもない)
最低動作電圧が4V以上と高い
TL499 簡単、外付け部品は出力電圧設定の抵抗2本とコイル他少々
8ピンと外形が小さい
MAX662と違って電圧が可変である
比較的入手性もよい
最低動作電圧が1.1Vと電池1つから動作
秋葉原価格で150円程度が安いとみるか高いとみるか
電流ブーストはできない気がする
アップコンバータ専用
NJM2360 比較的簡単
外付け部品結構少ない
出力電流のブースト可能
8ピンDIPと小さい
あまりないが電圧制御がオンオフ方式なのでPWMのものに比べるとノイズは多めになるでしょう
ディスクリート構成 1V程度から動作するため電池1個から動作させることができる
自分で設計するのでなんでも可能
回路設計が必要
製作も面倒
部品点数も多め


専用ICのAS1322を利用する

マルツでAS1322という電池電圧から昇圧するためのICを売っています。わかりにくいですが、6ピンのSMDですが、ピン間隔が0.95mmと手ハンダもやりやすい代物です。残念ながらユニバーサル基板では安定動作はむずかしい感じなのですが、PWB(PCB)を起こせば容易に利用することが可能です。スイッチング周波数が高いのでインダクタンスも小さくてすみます。データシートでは4.7μHを推奨しており、これで問題なく動作します。

外付けは電圧設定のための抵抗2個とインダクタンス、コンデンサのみです。オプションでショットキーダイオードをつけることで効率が少し向上するようです。

さすが専用ICなんの手間もいりません。

上の写真のパターンはこんな感じです。一部パターン設計を間違えたのを修正しています。


専用ICのMAX662を利用する

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秋月電子ではMAX662という+5Vから+12Vを生成するICを売っています。写真でもわかるように8ピンのDIPタイプなのでコンパクトですし、チャージポンプによって昇圧するのでコイルが不要と大変コンパクトに昇圧回路が構成でき30mAまで出力がとれるので結構使えます。欠点は入力も出力も電圧が固定というところでしょうか。

データシート通りに接続するだけで簡単です。外付けはコンデンサ4個だけ。image

さすが専用ICなんの手間もいりません。でもこれでは勉強にもなりませんし、今でこそ秋月電子で売っていますが、いつなくなるかもわからないし、MAXIMのICの入手性の悪さは結構定評があるらしいので、便利回路のライブラリとして記憶しておくにはちょっと不安な回路です。


TL497を使う

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TL497は200円くらいで売っていて入手性もよくアップコンバータにもダウンコンバータにも使える便利なスイッチングレギュレータICです。

データシートに記載されている回路がズバリ使えます。欠点は電源電圧が4V以上必要なので電池動作をさせる回路には向いていませんが、汎用的に使える(アップコンバータはもちろんダウンコンバータにも使えます)ため応用は広い。電源電圧が4V以上ある場合にはもっとも手軽。

電流ブーストしない場合(TL497内蔵トランジスタを利用する場合)の回路はこれです。MAX662の場合より少し外付け部品が増えています。ICも8ピンから14ピンと大きくなっています。

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ではデータシートにある式を使って各定数を計算してみます。

発振用コンデンサの容量の決定

C=12×ton[pF]

よりtonは25〜150[μs]の範囲で選択するように指示がありますから、仮に100位として

C=1200[pF]

となります。近いところで1000[pF]としましょう。したがって、

ton=83[μs]

となります。したがって発振周波数は約12kHzということになります。可聴帯域なのがちょっと気になりますが、ま、いいでしょう。

ここでデータシートにあるIPKを計算します。出力電流IOmaxはここでは30mAとすると(本来は用途で決まるのですが)、

IPK=2×IOmax×(VO/VI)

  =2×30mA×(12/5)

  =144[mA]

です。したがって、使用するコイルは

L[μH]=(VI/IPK)×ton

    =(5/0.144)×83

    =2000[μH]

ですが、Lは50〜500[μH]の間で選べとありますから、ま、100[μH]とでもしましょう。

R1=VO-1.2[kΩ]

  =10.8[kΩ]

こんな半端な値の抵抗はありませんから半固定抵抗でも使って調整する必要があるようです。

RCL=0.5/IPK

  =0.5/0.144=3.5[Ω]

これは過電流保護のためのもののようです。これらの部品を回路図通りにつなげば希望通りの電圧が出力されます。簡単です。しかしあいかわらず勉強になりませんが、MAX662に比べれば電流・電圧などが自由に選べますし、ICの入手性も良好なので自分用回路ライブラリとする価値はありそうです。


TL499を利用して

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もっと簡単なのはTL499を利用することです。100μH程度のコイルと他の部品少々で、電流が少なくてよければごく簡単に使えます。

注意しなくてはいけないのはいい加減な配線だとスイッチングが励起しない場合があります(特にブレッドボードなどでは難しい模様)。データシートなどではコイルの直流抵抗が0.1Ω以下でないとスイッチングが励起しないおそれがあると記載されていますが、そもそも0.1Ω以下のコイルなんて結構外形がかさばったりインダクタンスが足りなかったりしますから、現実的ではありません。それに1Ωくらいあるコイルでも動作はしました(効率は悪化するようです)。

白色LEDを駆動するために製作した場合には電源電圧によって次のような効率が得られました。簡単な回路でも電源電圧が高いと80%近い効率が得られるのは、ちょっとおどろきです。電池2本を電源としたときでも70%程度の効率が得られるのはたいへん変換効率も高いと思います。

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NJM2360を使う

新日本無線のNJM2360はアップコンバートにもダウンコンバートにも使える便利なICです。それなりの入手性と150円程度の価格と使いやすさもよいようです。


ディスクリートで組む

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では勉強の意味を兼ねて、ディスクリートで組んでみましょう。ただし発振回路は面倒なのでNE555(LMC555)を利用します。発振回路をディスクリートで組む場合は無安定マルチバイブレータなどにするか、HC14などを利用した発振回路にするのもよいでしょう。写真のLMC555はなんと約0.9Vから発振を開始するため、ディスクリート構成の昇圧回路を組めば電池1本から高い電圧を取り出すことも可能です。

まず基本の回路を示します。発振回路さえあればトランジスタ(FET)、コイル、ダイオード、コンデンサだけで昇圧はできるのです。ただこのままでは出力電圧が何Vになるかは負荷によって変わってきますから、さらに回路を追加して電圧を安定化したりします。基本的にはトランジスタがオンからオフになったときにコイルに発生する高い電圧をダイオードとコンデンサで整流しているだけです。

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そこでこの回路の発振部をLMC555に置き換えて、電圧安定化回路を組み込んでみたのが、次に示す回路です。電圧安定化といっても出力電圧を抵抗で分圧してそれがトランジスタのVBEと比較しているだけです。出力が高くなるとVBEより高くなるためトランジスタがオンします。するとFETスイッチもオフするので出力が安定化されるという仕組みです。

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この回路は電源電圧が+5Vを想定しているので、これでよい(LMC555の電源電圧が十分なのでFETを駆動できる)のですが、電源電圧が低い場合は

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このように昇圧した電圧をLMC555の電源とすると効率的にFETを駆動できます。また、電圧が低い場合FETではなくトランジスタを利用すれば1.0V以上で動作するようになります。この場合にはLMC555の耐圧には注意しましょう。

回路の変換効率にはコイルの直流抵抗、FETのオン抵抗、発振回路のデューティー比、周波数などが関係してきます。もちろん効率を気にするならダイオードはショットキーダイオード(順方向電圧降下が小さいのでロスが小さくてすむ)を使用してください。また発振周波数が高い場合は普通の整流ダイオードでは役不足になる場合があります(スイッチングスピードが遅い)。

この回路を使えば電池1本で白色(青色)LEDを点灯させることもできます(白色LEDの順方向電圧降下は3Vから3.6V程度あるため、通常では電池3〜4本必要)。

なお、LEDを点灯させる場合は電圧で帰還するのではなく、電流帰還とすれば定電流でLEDを駆動できます。具体的には上の回路でRaの変わりにLEDをつなぎ、Rbの値は(LEDに流したい電流)×Rb=0.6(VBE)となるような値とすればよいのです。

これは自分用回路ライブラリとして記憶しておく価値はありそうですが、使う機会は意外と少ないかもしれません :-)